風が吹いた。
君の髪が揺れて、白い頬が顕わになる。
僕は君から顔を背ける。
この高なった鼓動を聞かれないように。
「危ないよ、りたくん」
突然手を引かれる。
どうやら車道の方にはみ出していたらしい。
礼を言う僕と、笑う君。
切れ長の目元は崩れても美しい。
再び君は歩き出す。僕も、一歩遅れてついていく。
掴まれた右手はまだぼんやりと暖かくて。
逃げないようにぎゅっと、握りしめた。
「ここだよ」
君は嬉しそうに看板を指さす。
そこは都内でも屈指のラーメン屋で、僕は、僕達の目的がここだったことを今になって思い出した。
先までの穏やかで落ち着いた雰囲気から変わって、ラーメンの魅力を饒舌に語り出す君。
その表情はなんだか子供みたいで、たまらなく愛おしい。
「ね、これ。いる?」
どうやら少し多すぎたようで、彼は僕に残りを差し出してくる。
うん、と応えて僕は飲み干す。
頬が熱い。
彼の横顔を眺める。端正な目元、整った髪型、艶のある唇…
この唇はさっきまで、ここに触れていたのだ。
外に出る。時計の短針は7を打って、太陽も沈みかけている。
僕も彼も用のある身だ。悔しいけれど、ここでお別れ。
「それじゃあね、また会おう。ありがとう」
君の涼し気な声が喧騒に響く。
別れたくない。
けれど、また会いたいから、僕は笑顔で君に別れを告げた。
背を向ける。
疲れが押し寄せてくる。
激しすぎた鼓動の代償だろうか。
生ぬるい夜に僕が溶けようとしたその時、頬に柔らかい感触を感じた。
君がいる。
柑橘の優しい香りが広がって、僕は何も出来ずに立ち尽くす。
風が吹く。
僕は、君になにか言おうとして―君は小走りでかけ去っていく。
追おうとして、やめた。
彼の真意はわからない。でも、今はこの感触を楽しんでおくことにした。
日が沈む。帳が落ちる。駅に向かって歩き出す。
かけ去っていく彼の、白かった頬が赤く染ったように見えたのは、僕の都合の良い妄想なのだろうか。
今夜は、きっと長くなる。