華氏451度

History is his story.

あらたま×りた

風が吹いた。

君の髪が揺れて、白い頬が顕わになる。

僕は君から顔を背ける。

この高なった鼓動を聞かれないように。

 

「危ないよ、りたくん」

 

突然手を引かれる。

どうやら車道の方にはみ出していたらしい。

礼を言う僕と、笑う君。

切れ長の目元は崩れても美しい。

 

再び君は歩き出す。僕も、一歩遅れてついていく。

掴まれた右手はまだぼんやりと暖かくて。

逃げないようにぎゅっと、握りしめた。

 

 

「ここだよ」

君は嬉しそうに看板を指さす。

そこは都内でも屈指のラーメン屋で、僕は、僕達の目的がここだったことを今になって思い出した。

先までの穏やかで落ち着いた雰囲気から変わって、ラーメンの魅力を饒舌に語り出す君。

その表情はなんだか子供みたいで、たまらなく愛おしい。

 

「ね、これ。いる?」

どうやら少し多すぎたようで、彼は僕に残りを差し出してくる。

うん、と応えて僕は飲み干す。

 

頬が熱い。

彼の横顔を眺める。端正な目元、整った髪型、艶のある唇…

この唇はさっきまで、ここに触れていたのだ。

 

外に出る。時計の短針は7を打って、太陽も沈みかけている。

僕も彼も用のある身だ。悔しいけれど、ここでお別れ。

 

「それじゃあね、また会おう。ありがとう」

 

君の涼し気な声が喧騒に響く。

別れたくない。

けれど、また会いたいから、僕は笑顔で君に別れを告げた。

 

背を向ける。

疲れが押し寄せてくる。

激しすぎた鼓動の代償だろうか。

生ぬるい夜に僕が溶けようとしたその時、頬に柔らかい感触を感じた。

 

君がいる。

柑橘の優しい香りが広がって、僕は何も出来ずに立ち尽くす。

 

風が吹く。

僕は、君になにか言おうとして―君は小走りでかけ去っていく。

追おうとして、やめた。

彼の真意はわからない。でも、今はこの感触を楽しんでおくことにした。

 

日が沈む。帳が落ちる。駅に向かって歩き出す。

かけ去っていく彼の、白かった頬が赤く染ったように見えたのは、僕の都合の良い妄想なのだろうか。 

 

今夜は、きっと長くなる。